2026年9月13日日曜日

2026年9月 少し気が早い?ススキのきれいな岩湧山に行ってきました。

  今年は雨の多い9月で、さらにお彼岸やら仕事やらでなかなか日程が取れず、山に行けそうな日は雨の降りそうなところが多いという、なかなかに難しい山行計画となったわけですが、とりあえず午前中は降らなさそうという理由で泉州の岩湧山に行くこととしました。7年前にも行ったことが有ったわけですが、確か渡渉もなく、歩きやすい道でススキの群生が見事だったなあということが印象に残っていました。


 家から阪神高速湾岸線〜堺泉北有料道路を経て、外環状線、関西サイクルスポーツセンターを通り過ぎて、あっという間に滝畑ダム近くの登山口に到着です。有料駐車場に停めさせてもらい(¥1000)きれいなトイレも利用して、駐車場直ぐ側の登山口からスタートです。

 記憶の通り、渡渉もなく(雨続きだったので渡渉があると大変だから)歩きやすい道をどんどん進みます。隊長は調子が良いのか、元気よくなかなかのハイペースで登っていかれます。木陰の道、気温も23℃ほどでありましたが、やはり湿気が多かったからか、あっという間に汗みどろです。まあ年に一回くらい目玉から汗が出るくらいのことをしないといけないよな・・・と平生思っているので丁度良いのですが。

いわゆるダイヤモンドトレールといわれる、大阪外縁の自然歩道の一部である今回、案内表示もたいへん多く、道に迷う心配もありません。歩きやすく整備も行き届いており、感謝の念を抱きつつ、2時間弱も歩いたら、今回の山行の目玉ススキの原の出現です。

 前回来たときも思ったのですが、何だか花札の8月の柄のようだなと思います。見事なものです。滝畑の集落のみなさんが管理・利用なさっているという看板が出ていました。

 前回来た時は11月で、ススキの穂先も完全に開き、暖かく、優しい雰囲気でしたが、今回は9月。穂先はほの赤く、日を反射するようにかすかに輝いて見えます。

 そしてススキのお山を歩くこと30分弱、泉州の街並みを見渡せる頂上に到着です。


 8時すぎにスタートして、10時頃に着いたので、お昼にはまだ早いね、午後から降るかもしれないしということで、名残り惜しくはありましたが、早めに降りることとしました。

 来た道をピストンで帰って、12時前には駐車場に降りてしまいました。せっかくのお休みだし、もう少し歩きたかったねえと隊長と語りながら、車で昼食を摂り、来た道を帰りました。帰る道々、案外どの山でも降らなかったかもね・・・と思いつつも、泉州の山は意外と家から近いんだな、あと10年もしたらこう言う近場、軽めの登山がちょうど良くなったりするのかもね?と感じた次第でありました。

2026年8月24日月曜日

2026年8月 夏の遠征登山・立山周回してきました〜その③

 


さて、今年の夏山遠征最終日の朝を迎えました。剣山荘は劔岳の全容を見るという意味では剱御前小舎や剱沢小屋には劣るということのようでしたが、きれいな小屋だし、シャワーはあるし、ご飯は美味しいし、我々的には大満足の小屋でありました。それに劔岳登山の皆さんからしたら最も山頂に近い小屋ということで、何だかベテラン勢の多い、観光ムードのない山小屋というか、緊張感のようなものが感じられ、我々には新鮮な刺激となりました。もっとも、我々は劔岳はとても登れるものではないので、刺激を受けても仕方がない部分もありますが。

 出立は6時すぎ。同室の皆さんもう大半の人がいなくなっています。劔岳にアタックされているのでしょう。劔岳ともなると、山頂を目指すことをアタックというのだなと、宿泊者と小屋スタッフの会話から知ることが出来たので言ってみました。我々は快晴の爽やかな日差しの中を剱沢小屋を目指します。剣山荘から見えているので、大変気が楽です。歩きやすい道でした。剱沢小屋からは劔岳をきれいに仰ぎ見ることが出来て、これは人気の小屋になるねと感じました。テントサイトは小屋からしばらく登ったところで、朝の澄んだ空気の中で劔岳を仰ぎ見ながら、コーヒーでも飲んでおられるのでしょうか、ゆったりとした時間を過ごす方もおられます。そんな時間を過ごしてみたいものだと思う反面、性格的にはすぐに出立、どんどん先に行けないと心配なタイプなので、一生無理だねとも思います。


 前日に横目に見た剱沢からの登りの道を進みます。朝露に濡れたチングルマの穂先が日に照らされて輝き、きらめく花のようです。しかし、早くもガスが登ってきて、劔岳の姿は早くも上半分隠されてしまいました。剱沢小屋で写真を取っておいて良かったな。と思いつつ、先を急ぎます。

 剱御前小舎について、立派なトイレがあるので夫婦ともども利用して、後は雷鳥沢を下るのみだね、と話します。昨年、3日連続山行・合計25時間歩行というルートを経験しているので、それに比べたら何ということはないものの、やはり日頃の山行とは違い、やはり足は疲れてきています。難しい所は一つもないものの、やはり気を抜くと転びそうになります。雷鳥沢というからにはきっと雷鳥がいるに違いないと思いましたが、あいにく雷鳥を見ることは出来ず、去年の雷鳥坂もそうであったな・・・と思いつつ休憩も取らずに歩きます。



剱御前小舎から見え続けていたキャンプ場に到着して、これは設備の整ったキャンプ場であるな、地面が平らでテント張りやすそう。室堂からも近いし、登山用テントでなくても(いわゆるキャンプ用テントでも)ここまでなら持ってこれそう、ここを起点に雄山、劔岳、大日岳と数日過ごしても良さそうだな・・・なんて思っていたら、実際コールマン社のデカいテントを張っている人がいました。きっとあの立派な売店でガスやら簡単な食料やら、水やらと購入できて、何ならビールも買えるに違いないねと隊長と話していたら、売店的機能はないらしく、最寄りの雷鳥沢ヒュッテに行かないといけないらしく(またその雷鳥沢ヒュッテの古錆びた感じがものすごく)、これは我々の体力では数日分の食料と水を持ち込んでキャンプは無理だね〜と残念な気持ちになります。実際そこからみくりが池、室堂へと続く道は急な登り下りで、最後はもう堪忍して!と言う気分になります。

 さりながらもひと踏ん張りして、10時40分発のバスに乗れる時間に到着し、スムーズに乗り込め、ケーブルカーも接続よく乗り込め、たった二人のために臨時駐車場行きのワゴンも出してもらえ、昼頃には車に戻ることが出来ました。剣山荘で用意してもらった弁当を食べて、夏山遠征の締めとしました。

そこから福井市のビジネスホテルに一泊し、安全運転で帰宅しました。雨にも遭わず、渋滞も避けることが出来て大変ラッキーな旅でありました。

2026年8月20日木曜日

2026年8月 夏の遠征登山・立山周回してきました〜その②

  一の越山荘で個室の幸運に恵まれた私達でしたが、二人ともあんまりしっかりと眠ることは出来ずじまい。なれぬ布団と枕では致し方ないと思いながら出発の身支度をし、朝食を待ちます。窓の外には富山の街を包む雲海と、雲海の上に広がる立山のカール地形が広がります。みくりが池もきれいに見えます。時間となり、朝食もしっかりと頂き、本日の6時間ほどの歩行に備えます。


 まずは雄山への登りです。ようやく登山らしくなってきました。さりながらこのあたりまでは登拝のひとも多いからなのか、たいへん登りやすく、あっという間に頂上です。お祓い、祈祷を受けられるということなので、申し込んでしばし待ちます。日本三霊山最後となった立山。感慨もひとしおです。今回は日程の関係で山中には二泊しか出来ないということと、行き帰りも混雑しにくそうなところということで遠征先を立山に選定したのですが、私の中で決定的要因だったのがこの三霊山完登ということでした。隊長はあんまりそういうコレクティングは興味がないようで、三霊山完登やで!と言ってもふーんそうなの?というリアクションでしたが、ご祈祷の際、富士、白山、そして立山の日本三霊山と説明を受けた時は、ほお~と言っていました。さすが神主様、言葉の重さが違うようです。わたしはこれで日本七霊山も残すところあと石鎚山だけだな!と思ったのですが、どういうわけか隊長は石鎚山に行きたがらないので、いつのことになるか分からないな・・・と考えます。そして、神主様のお話は続き、本日は晴天でありますが、この先10時ころから雨が降るという天気予報的なお話を受けた途端、なに!それならもう先を急がなくっちゃ!ありがたいお話も早めに切り上げて下さい!!と言う落ち着かない気分になりました。そしてご祈祷を受けただいたい10人ほどのみなさんで万歳三唱をもって登拝は完了し、先を急ぎます。


 続いては大汝山。この山が立山のなかで最も高いらしく(3015m)、外国の登山者が随分とたくさんのんびりしておられました。赤と白の振り分け(縦)の国旗をあしらったものが見えたので、インドネシアの人かな?と思います。そうなると宗教上、神道の斎庭に入り、祈祷を受け・・・というのは難しいと言うか、したくないのかもしれませんね。大汝山が一番高いのだから、そこで記念撮影。理にかなっております。大汝山の休憩所はアジアンな雰囲気(ネパールとかの)で独特な空間でした。きっとここを目指して来られる外国の方も多いのでしょう。私達も山バッジを買いました。

 そしてなだらかな砂礫の上の稜線をしばし歩いて、真砂岳です。このあたりからはすれ違う人もだいぶんと減り(特に外国の方は激減)、深い山を歩いているなと言う気分が高まってきます。内蔵助山荘に向かっても良いものの、10時から雨と言われたら、わずかな寄り道もしかねます。先を急ぎつつ、少しガスが上がってきたな、御神託、まちがいないかもな・・・と思いつつ別山への道を進みます。

 ハイマツと砂礫とこぶし大の石のないまぜとなった道を歩くことしばらく、別山頂上までもう少しのところで嬉しい出来事が。砂礫の上に雷鳥の親子が。ぴょんぴょんと跳ねながら、5〜6羽で群れています。親鳥と思しきは鳩を少し大きくしたくらいで、尾羽根に僅かな白い羽を残しています(なおかつ時折その白い羽を落としつつ)。ひな鳥と思しきは生まれついての夏仕様、サイズも色味もうずらのようです。かわいいね〜こんなに近くに来ても平気なんだね〜と言いながら、雷鳥と一緒に別山を登る感じでしばらく過ごすことが出来ました。親鳥が登山道の真ん中で休憩したのには驚きましたが、おっちゃん通るで〜どいてや〜と言ったらどいてくれました。


 別山の頂上には祠があるばかりで、よくある山名札もなく、これ、別山だったんだよね、と隊長と訝しみつつ写真も撮らずに先に進みます。そこから剱御前小舎を目指す道中は急斜面の下りで、すれ違うみなさんが息を切らし、いかにもつらそうでした。ちょうどガスの底(下から見たら雲でしょうね)が別山頂上わずか下というところだったのでしょう、つらさと暑さで皆さんへばっておられました。そうか、ということは先程は雲の中で雷鳥を見ることが出来たということか、雷を呼ぶから雷鳥、それで雲の中にいたわけねと納得します。すれちがう皆さんに、頑張って!別山のあたりに雷鳥が親子でいますよ!!と励まそうかと思いましたが、いなかったらウソなのでやめておきました。慎重に下ることしばらく、剱御前小舎に到着です。11時近くになっていましたし、空腹も感じたのでここで昼飯にしてはどうかと思いましたが、隊長の、腹は減ったが、食べている間に天候が崩れるのは好ましくない。ここは我慢で先に進もう。剣山荘でチェックインの後ゆっくりと昼食としようと言う判断で写真もそこそこに先に進みます。ガスのせいで劔岳もはっきりとは見えませんが、山腹の岩岩とした様子は今までの立山とは気配が違います。明らかに初心者を突き放すような厳しさを感じさせます。

 


我々は先を急ぐべく、剱御前岳の中腹を巻いて剣山荘に向かう道をチョイスし、別山直下からより斜度のキツイルートで剱沢小屋を目指すルートを右上に見つつ、剱御前小舎から剱沢に降りるルートを右下に見つつ、巻き道ながらもゴロゴロした岩の多い歩きにくい道を進みました。隊長は少し苦手な感じの道だったようですが、私は何となく、静かで歩きごたえのある道だなと気に入りました。大きな雪渓を横切るところもあり、風景的にもスペクタクル感があるな〜と楽しめました。ただ、既に5時間ほど歩いていたので、しんどさはありました。やがてハイマツの中の小道を抜けたあたりで剣山荘が見えました。隊長を待ちながら立っていると、すれ違う人にあともう少しだと励まされます。ハイ、小屋が見えました。頑張れます!さりながら、どういうわけか、山小屋は見えてからが遠いですよね〜〜と返事をしたら、ハハハ!全くですね、山のワナですね!と言っておられました。皆さんそうなんですね。隊長は見えてからが遠すぎんねん!と軽くキレておられましたが、少し行動食を食べて元気を取り戻したようで、神主様のお話からやや遅れること2時間、小雨が降り出したころに剣山荘に到着しました。(というか、そのころ雄山では既に降っていたのかもしれませんね。)

 剣山荘は水の豊富な山小屋のようで、入口の近くにステンレスの流し台があり、そこには水がかけ流されておりました。小屋にはシャワーもあり、飲水も無料で貰えます。入口の靴棚が4畳ほどの広さなのですが、ストーブが置かれ、乾燥室も兼ねているようです。雨に打たれて冷えて小屋にたどり着いたなら、ストーブのあるところで靴を脱ぎ、道具を干しているさなかも温まることが出来るであろうから、非常に理にかなった仕組だなと感心しました。そして小屋のスタッフから部屋の案内、道具の置き場所、シャワーの時間、食事の時間など説明を受け、荷物を部屋の前の棚に置き、蚕棚の自分たちのスペースを確認の後ようやく昼食となりました。私は牛丼、隊長は中華丼でした。夕食は4時40分とのことで、昼食からあっという間に夕食となるねえと隊長と笑い合いながら食べ終えたころには雨が本降りとなりました。危ないところでした。シャワーは5時までということで、まずはシャワーだと夫婦で並びます(もちろん男女別)。二人ともそう待つこと無くシャワーが使えましたが、隊長が先行した間、私は貴重品を預かって2,3人に先に入ってもらいました。貴重品を入れるロッカーはなく、かごに衣類を入れるスタイルなので、ご注意下さい。

 シャワーの後しばらく休憩していたら雨もやんで、小屋の入口辺りに出て夕景を楽しむことが出来ました。夜晴れたら良いね、星が見れるかもねと期待の隊長。シャワーの後に爽やかな涼しさ(少し寒いくらい)の気温の中で飲もうかな?寒いかな?御飯のあとが良いかな?とのんびり考えます。その横では雨に打たれたと見える登山者が続々と小屋にやってきます。皆さん大変だったご様子。隊長の昼食場所の判断は最適であっとなと感心します。

 




そうこうしていると夕食です。夕食は山小屋らしいメニューなるも、ボリュームしっかりの大変満足な内容でありました。山の後は普段の倍以上食べられるし、食べたいよね〜と思います。宿泊者が多いようで、夕食を取りながらの飲酒は今日はダメとのことで、入れ替え制がしっかりしています。蚕棚にあがる垂直なハシゴを登るのもしんどいと感じた我々は、小屋の(解放された)スマホ充電を利用させてもらいつつ、ベンチに腰掛け、休憩しました。早いもの勝ちかつ、小屋のコードか持ち込みの個人のコードかわかりにくいのでご注意。夕食の回転が終わり、解放された食堂に移った我々は少しビールを飲んで、また降り出した雨を残念に思いつつ、消灯までの時間をのんびりすごしました。そして蚕棚に戻り、いびきの三重奏に悩まされつつも、カーテンもあるし、しきりのビニール幕もあるし、上等だねと思いつつ、寝ることとしました。

 やがて寝られたような、横になっていただけのような時間がすぎ、午前2時頃、早出の人たちが動き出します。もうそうなると音もするしライトもつけられるしで寝ている感じではなくなります。ならば外に出てみよう、星が出ているかもと隊長を起こして一緒に見に行きます。ダウンジャケットに厚手の靴下を履いて外に出ます。幸い雨もなく、美しい星空を見ることが出来ました。隊長の星空アプリであれが何座だ、天の川だと楽しんで、さらには既に劔岳に登りだした人たちのヘッドライトの輝きを眺めつつ、しばらくの時を過ごしました。やがて寒くなってはダメだと蚕棚にもどり、体を横たえたのでした。

その③につづく

2026年8月17日月曜日

2026年8月 夏の遠征登山・立山周回してきました〜その①

  例年のごとく、花屋にしては一日二日早いお盆休み(隊長の休暇日程の関係で)をいただいて、夏の遠征登山・立山周回をしてきました。

 13日の5時に起床し、5時半に自宅出立。名神高速から北陸道、途中で休憩を挟みながら、富山ICを出たのが11時頃。立山駅駐車場へは11時半頃にたどり着きました。無料駐車場が空いてなかったらどうするの?という隊長の問いかけに、待つしか無い!!と半ギレで答えていたのですが、実際立山駅近くの無料駐車場は満車。1時予約のケーブルカーに間に合うのか??と不安になりましたが、なんと駅前ロータリーのあたりに案内の人が居て、少し離れたスキー場の駐車場が臨時無料駐車場になっているので、そちらを案内しますとチラシをくださる。2キロ離れているという話なので、そうか、30分ほど歩かねばならんか・・・時間は問題ないが、少ししんどいな・・・と思いましたが、なんと無料送迎バスを出してくださるとのこと。なんと致せり尽くせりな。

 チラシのとおり走り、スキー場の駐車場について身支度をし、それらしきハイエースが停まっているので近づくと、こちらですと乗車させてもらいました。立山駅に着いてありがとうございましたと(いやほんとうに)お礼を述べて下車し、11時45分ほど。なるべく早く本日の宿、一の越山荘に着きたいので、ケーブルカーの前倒し乗車は出来ないのかなと係の人に聞いてみたら、既に予約でいっぱい。1時が一番早いとのことで、それならゆっくり目に昼食としようと駅前を見て回ります。

 14年前に薬師岳に登った時以来の立山駅前で、随分と新しくなったなあ〜インバウンド勢のためかしら?などと考えます。たしかあの時は夕刻、有峰有料道路に入る前に夕食を取ろうということになり、一番近い食事処が立山駅周辺だったんだわ・・と思い出します。お重のようなお弁当箱のような器のちらし寿司だったか、牛丼だったか、ソースカツ丼だったかもしれないな〜と思い出しながら歩いていたら、そのお重のような何かを食べたお店を発見します。あっここだったわ!ということで中に入り、繁盛しているねと思いつつ、立山コロッケ入りカレーを頂戴します。時間はたっぷりあるのに、すぐ出てくるカレーを頼んでしまったり、食べ終わったらさっさと出ないと落ち着かない性分なのを忘れていて、食べ終わってまだ12時すぎ。しかたなく木陰のベンチに腰を下ろしつつ、駅往来の人々を見物します。登山客と思しきが半分。立山黒部の観光と思しきが半分といったところでしょうか。また、日本人と思しきが半分、外国の人と思しきが半分といったところ。意外なほどに外国の人の登山者が多い。それも若い。男女のパーティーがほぼ。何だか青春だな〜日本に観光で来たのか、仕事の休みで立山に来たのか。テント泊装備なのも見逃せない。すっかり日本に馴染んで登山を楽しんでいるわけね。けっこうけっこうと思います。

 そうこうしていると1時前となり、ケーブルカーの乗車列に並びます。スマホ予約をしていても紙で発券しないといけないので、ご注意を。隊長いわくすぐ発券できるとのことです。運よくケーブルカーで着席できてラッキーだったねと隊長と話します。さりながら、座っているということは降りる時は後になる。バスは座れないかもしれないぜ?と隊長と話しますが、さすがにバスは全員着席。それもそのはず、けっこうなカーブの多い道を1時間ほどの乗車です。立ってたら危ないし、しんどいですわね。称名滝など、景勝地での徐行運転を経て、2時すぎに室堂着です。登山客と観光客のないまぜとなった空間に落ち着かない気分で身支度をします。明日登る立山の山々、その全貌を見ることはガスで出来ませんでしたが、雄大なカール地形を目の当たりに出来ました。また、本日の宿、一の越山荘も見えるような見えないようなの距離感です。観光歩道(山のつもりだと歩きやすい。観光の足回りだとまあまあ歩きにくそう)を真っ直ぐに1時間ほどで一の越山荘に到着です。だいたい3時半位に到着でした。予定通りの時間とは言え、遠めの無料駐車場、送迎バスなど、さまざまな想定外があってのことだったので、(高速の渋滞がなかったことも含めて)ラッキーだったなあと感じます。

 


山荘に着いて、チェックイン、自分たちの部屋を案内され、もしや個室?と隊長は喜びを隠せない様子。私はそのあたり悲観的なタイプなので、いやいやどうせ遅く来た人と一緒にされますよ。いびきかかれますよ。とマインドセットしておきます。先に布団引いちゃおうかと、さながら縄張り主張は早めが良いと言わんばかりの隊長をなだめすかします。そうこうしているとしっかりした雨が降り出し、山の夕方は雨が多いとは言え、まさに到着タッチの差。ラッキーだったねえと隊長と話し合います。そうしたのち、山荘内を見学したり、翌日のルートを地図で再確認したりしながら夕食を待ちます。雨も一時強かったけれど、すぐに止んで、きれいな夕日が富山湾越しに能登半島の向こうに沈んでいこうとしています。 

 夕食の時間となっても同部屋の人が現れないので、さすがに私もこれはラッキー、個室かも?と思い出します。実際そうでした。まあ一の越山荘は室堂から1時間ほど。山小屋ではあるけれど、山に奥深く入り込んでいるわけでなし、ここに泊まる人はどういう人なんだろうと言う立地ではあります。我々は家から車で飛ばし、ケーブル、バスを乗り継いで、山小屋時間(最悪4時くらいまでに着くのがモラル)で到着できるのはここが一番先に進んでいるからという理由でのチョイス。室堂では翌日の歩行時間が1時間伸びますからね。最後の1時間がしんどいので、我ながら理にかなったプランニングだぜと思っていたのけれど、一昨年の富士御殿場ルートの大石茶屋のようにいびきのキツイおっさん(というか無呼吸症候群だったと思うその人)のせいで寝られなかったらどうしようと思っていたので、個室ラッキー、本当に嬉しかったです。

 夕食はメインがクリームシチュー。一口カツも有っておいしかったですけれど、山小屋ではたっぷり食べたい派の私にはやや少なめ。お味噌汁も欲しかったな。山小屋の味噌汁研究しているので少し残念でした。

 夕食後はまた曇りだし、少し雨も降っていたので、星空見物出来ないとなった隊長と私は飲酒の方に切り替えて、ワンカップ状の地酒立山を一つづついただいて、就寝としました。

その②につづく

2026年4月26日日曜日

2026年4月 晩春?新緑?の岩籠山に行ってきました!

  ようやく卒業の繁忙期が終わり、4月の山行きをしてきました。ヒルが出る前の鈴鹿が本命だったのですが、どうにも天気が悪化しそうという予報だったので、天気の安定が望めそうな、北方面で調べた結果、ブナ林が美しいと言われる福井県敦賀市の岩籠山をチョイスしました。走り慣れた湖西道路をそのまま走り続け(国道161号)駄口登山口からのピストンのルートです。

 AIジェミニさんの調べどおりドライブインしのはらの駐車場の端に登山口があります。簡易なトイレも2つあり、助かります。ただ、登山者の皆さんはしのはらさんの向かいの駐車場に停めるようにとのことなので、お気をつけ下さい。この一文がいつの日かジェミニで駄口登山口について調べる人の助けになったら良いなと思います。



 最初から割と急登ですが、1時間ほど歩いたらきれいなブナ林になります。(枝打ちもしてないのに樹冠の方にしか枝が無いのが不思議だなと思いつつ眺めております。)

難所と言えるところ、鎖場などはありませんが、子供さん、小柄な人はよいしょっと踏ん張らないといけないところがあります。こちらのコースは渡渉がありませんので、岩籠山に行ってみたいけど渡渉は嫌だなという向きはこちらの駄口コースをオススメいたします。



 きれいなブナ林を2〜3度ほど過ぎると頂上が見えてきます。インディアン平原と言われるあたりも一望できます。頂上直下は粘土質の細い道で、足の踏み場となるものも少なく、やや滑りがちです。お気をつけて。



インディアン平原のジョーズ岩です。この角度が一番ジョーズっぽくあります。他の角度は大きな岩だな・・・という感じです。






無事に山頂です。360度の展望と聞いていたので、天気が良くて本当にラッキーでした。敦賀の町並みも敦賀湾も一望できますし、振り返れば琵琶湖も見ることが出来ます。







こちらは岩籠山からの敦賀。北陸新幹線もバッチリ見えます。白山方面はわかりませんでした。高さが764mなので、その点は武奈ヶ岳に譲りますね。



久々の山行きなので、(予定に入れていたものの、)しんどかったらやめとこうと思っていた夕暮山も隊長が行こうと決定し、片道30分ほどで到着します。反射板なるものがあり、一体どういう仕組で用いられているんだろうと思いつつ、あんまり誰も撮らないようなアングルから撮影。





来た道を滑る枯れ葉に注意しつつ降りてきて、無事に登山口まで戻ってきました。ジェミニさんに隊長の顔だけをイラストの猫風にしてくださいと行ったら、あっという間にしてくれました。なんと便利なことでしょう。隊長もこの山を気に入ったようで何よりでした。


2026年2月8日日曜日

2026年2月 吹雪の中六甲山に行ってきました!(芦屋川〜有馬温泉)

  大雪の予報の出た日曜日、いつもの様に自動車で登山口に向かうのは危険と判断し、去年と同じように西宮北口発のさくらやまなみバスで有馬温泉に向かい、そこから芦屋川に向かうルートで雪山気分を楽しもうと言うことになりました。

 住まいのある尼崎市も積雪の予報が出ていたこともあり、自動車の利用は完全に避け、徒歩で最寄り駅まで行き、そして阪急電車で西宮北口まで向かい、降車の後、バス停にてさくらやまなみバスを待とうということになったのですが、バス停に着いてみてビックリ、なんとさくらやまなみバス路面凍結のため運行中止の張り紙が。ショック。隊長はするどく、それなら芦屋川から登ろうと宣言。再度切符を購入し、二駅分¥200の切符購入となったのですが、それならバス停に向かう改札のあたりに立て看板もしくは、駅員さんがひとことさくらやまなみバス運休ですと言ってくれたら乗越で済んだのに・・・と少し残念になります。大昔は阪急電車の改札には本日の宝塚歌劇の開催有る無し、西宮球場の野球有る無しなどを伝える看板があったもんだ・・・それを見て無駄な切符の購入を避けさせようとしてたものだ・・・昔の人は親切だった。アナログの時代は丁寧だった・・・とノスタルジックな気持ちになりました。

 まあそんなことを思っても仕方ないので、バスの中で食べようとしていたおむすびを駅のベンチで食べて、二駅先の芦屋川に向かいます。

 芦屋川駅にはいつもの様にロックガーデンに向かう人達がたくさん。私達も駅外の広場のトイレを利用して、軽くストレッチしてからロックガーデンに向かいます。すでに寒く、小雪が舞っています。いわゆる六甲王道ルートなので、先行する人も多く、いつもの様に登山口探しに苦労することもなく、ついていくだけで無事に高座の滝、登山口に到着です。

 ロックガーデンは昨晩からの新雪がかすかに積もり、寒さも相まってなかなかの苦労でありました。ふり向けば遠望する阪神間はすでに雪でかすみ、屋根の上の積雪が街を白くさせています。隊長も私もこんなにしんどかったかしら?何度か登っているんだけど・・・と思いつつ、慎重によじ登っていきます。(しんどかったので写真なし。油断すると怪我しそうだったので。)

(ロックガーデンを過ぎ街並を遠望する隊長)

 岩の連続のロックガーデンを過ぎて、本来なら歩きやすい道になる辺りからしっかり積雪が。 用心深い隊長はチェーンスパイクを履き込み、私も4本足軽アイゼンを装着します。

 六甲山で中腹からしっかりと積もっているのは珍しいね、などといいながら歩きます。全く踏み固められてない雪なので、隊長のチェーンスパイクには雪と枯松葉がまとわりつき、さながらウニの様なかたまりになってしまいます。ときおり地団駄を踏むようにかたまりを落とさなければならないのが面倒そうです。私は私で、4本爪軽アイゼンは土踏まずのところにのみ設置するので、石の上に足をおいてしまうと足を捻ってしまいそうで用心が必要です。

 風吹岩を過ぎた頃から雪と風はより一層強くなり、ここは本当に六甲?八甲田山の間違いでは?と思うほどです。登り道なので体温は上がり、体が寒いということはありませんが、吹き付ける雪と風で顔が痛いほどです。徐々に早期の撤退も視野に入れたほうが良いかもという気分になってきます。幸い私も隊長も体の調子はよかったので、これも良い体験、最高峰までは行こう。その後有馬に抜けるか、来た道を戻り、風吹岩から金鳥山を経て、岡本に抜けるルートならロックガーデンを下りに使うことにならないで済むから、危険も少ないだろうと隊長がおっしゃります。金鳥山は隊長の祖父が往年、毎日登山をしていたお山であるから、きっと見守ってもらえるであろう・・・などと話します。

 六甲山は海側から登るとしっかり山の高さ分登ることになる感じなので、そこそこロングになるよな・・・と思ってはいましたが、実際雪の中、風の中、寒い中登っていくと、体力の消耗も激しい。ゴルフ場の間を抜け、雨ヶ峠につく頃には、最高峰から再び海側に降りるのはロングすぎるかも?出来たら有馬に抜けるほうが近いし、道も穏やかだったしなあと考え出します。しかし、もし神戸電鉄が運休となったら、どうやって尼崎に戻るのか、バスは期待できない。タクシー?そんなお金無いよ・・・と不安になります。海側なら阪急電車が止まっても荷物をコインロッカーにでも放りこんで、休み休み歩いてもエエわい、タクシーとてそこまではかかるまいと考えます。有馬に向かうか、海側に戻るか、気持ちは定まらぬまま、なんとか最高峰に到着しました。

(猛烈に寒い。首に巻いたタオルがカチカチになっております)


(六甲で霧氷が見られるとは思わず、はしゃぐ五十路男)

(ムヒョーと言っております)

 さて、この辺りから雪の吹き降りも寒さもなかなかに耐え難くなってきていました。もし神戸電鉄が走っているなら有馬一択だな、と思っていたのですが、あいにく有馬から登ってきた人に巡り合わず、有馬方面の雪の様子がわからぬまま、とりあえず昼食となりました。最高峰から降りたところに立派なトイレがあったな、庇とベンチがあったなと思い出し、トイレの建物の庇でもって昼食を摂るのは好きではないな・・・と思いつつ、吹き降りの中、雪上にシートを引いて食べるのはさすがにしんどいか、と考え、やむなく庇の下で食べようと決定しました。いつものようにパンとミルクコーヒーでの昼食となりましたが、あまりの寒さに指先が感じたことのない痛みを発し、これは霜焼けになりそう。凍傷になったらどうしよう・・と心配になりつつもなんとかパンを食べ、かじかむ指でスマホを操作し、神戸電鉄の運行状況を調べます。今のところ大丈夫、遅延もなしとなっているが、はて、我々が有馬に降りるまで無事であろうかと思いつつ、魚屋道で有馬に向かいます。

歩き出したからには有馬に向かうしかないね、電車が止まってたらどうする?有馬温泉泊まる?などと話しながら歩きます。魚屋道は穏やかで歩きやすい道です。5分も歩いたでしょうか、有馬から登ってきたと思しき男性とすれ違います。その男性に、””有馬の雪はどうでしたか?神戸電鉄は止まったりしてないでしょうか?””と尋ねました。そうすると笑いながら””神鉄は山岳電車だから、滅多なことでは止まらないよ!!””とのお答え。なんと頼もしい!””ありがとうございます!安心して有馬に向かいます!!””と伝えて、その後は足取りも軽く、有馬に到着しました。思ったより雪も積もっておらず、観光客もたくさんいて、全くの取り越し苦労であったなと笑いつつ、神戸電鉄から阪急を乗り継ぎ、無事に帰宅しました。
 
 帰宅の後、山登り兼乗り鉄の隊長は神戸電鉄の車両の特性と運転手の技量を調査し、神戸電鉄は本当に雪に強いのだという結論を感心とともに出しておられました。神鉄万歳。


生け花画像頂戴しました

今週の生け花作品画像頂きました!ありがとうございます。

 お客様から今週お届けした花材での作品画像を頂戴しました。 フェイジョア、秋色ヒマワリ(サンリッチライチ)、青ドラセナ フェイジョアが伸びやかで素敵 中輪八重のトルコ桔梗(しずく)を加えて、ライティングも変えて撮影してくださいました。秋の気配がいい感じですね。 作品画像ありがとう...